人気ブログランキング | 話題のタグを見る


2017年6月18日日曜日

深夜0時半頃
ガチャンガチャン?という音に目が覚める。
何事かと思い父の部屋へ行くと、父が歩行器ごと転んでいた。
便意をもよおし、トイレに行こうとしたのだ。
横たわっている父を起こそうとしたら、右手甲傷から出血はしてるし、起き上がれないしで大変だった。
普段から血液サラサラになる薬を服用している父は、少しでも打撲すると痣になるし、血が止まりにくい。
急いで止血して、何とか立たせ、父を支えながら歩行器を使ってトイレへ移動し排便(少し下痢気味)。
ベッドにもどり、血で汚れたパジャマのズボンを替えたり、応急処置をしておいた右手甲の傷の手当てをして寝させる。
自分もベッドに入ったものの、いろんなことを考えていたら3時頃まで眠れず。
父の呼吸、寝息(いびき)に注意するが特に問題はなさそうだし、頭部にゴルフボール位の丸いコブが出来ていたが、コブも小さいし、膨らんでいるから大丈夫だろうと、この時は思った。
それから自分も寝てしまい、5時半頃、微かな音で目が覚めたら、父はテレビをつけていた。
特に問題はないなと思い、私はまた6時まで寝ていた。
6時に起きて8階(自宅)に戻ろうとすると、父が呼び止める。
何時もの事だが、言葉が直ぐに出てこない父との会話は理解が難しいことがある。
結論は「病院へ連れて行け」のようであったが、日曜日でもあるし、姉(長女)と相談して取り敢えず様子を見る事に。
7時半頃、父宅へ戻ると父は眠っていた。
昨夜は熟睡出来なかっただろうから、起きるまで寝させておくことに。
ところが10時になっても寝てるし、起こしても反応が変で、姉にも来てもらい、救急車を要請することに。
12時頃に救急車で海南病院へ。
診断は急性硬膜下血腫(3年前も転倒して後頭部を打ち、急性硬膜下血腫を患っているが、この時は薬物治療で何とか回復)で、手術をしなければ最悪2〜3日、手術をしてもどの程度回復するかはわからないと言われる。
手術をする、しない、という選択は家族次第という事。
選択は難しい。
結局姉と手術をする選択をした。
手術は2〜3時間と言われ、もう一人の姉(次女)も妹も駆けつけ、家族待合室で姉妹4人で待つ。
看護師さんから8時頃には終わるようなことを聞いていたが、手術が終わり先生の説明を受けたのは10時を過ぎてた。
手術は問題なく終わったが、開けて見たら慢性硬膜化血腫の痕?が見られ、手術に時間がかかったとの事。
ICUにいる父の顔を見て帰宅したら11時半頃。

19日 月曜日
12時頃、仕事中の私の携帯に病院から電話が。
熱が出る原因が尿管ステントによる炎症が起こっているからかもと、まだ交換時期(交換は3ヶ月毎で、次回は7月末に交換する予定であった)ではないが交換しますとの連絡が。
面会時間に姉(長女)と妹が様子を見に行ってくれたが、まだICUから出られず、眠らされているようで意思疎通はなし。

20日 火曜日
10時頃、容態が安定しているので、ICUから病棟に移動しますとの連絡が。
午後の面会時間に姉妹4人で病室へ。
呼びかけても反応なし。
いろんな管に繋がれ、痛々しい姿を見ると複雑な心境に。

21日 水曜日
午後から姉(長女)と面会に。
執刀医の先生から説明あり。
現在、左眼に瞳孔不同がみられる。
脳ヘルニアの症状がみられる。
結論から言うと、命に危険あり。
私たちは延命処置は希望しない旨を伝えた。
あとは父の生命力次第でしょうか。

父、昭和3年1月1日生まれ。
現在89歳6ヶ月。




by satsuki-0514 | 2017-06-21 16:56 | 生活 | Comments(4)

Commented by sano-go at 2017-06-21 20:15
お父様、元旦生まれなんですね~

詳しい説明でお父様の状況がとてもよく分かりました。

しばらく大変でしょうけど、頑張ってね。
Commented by まちゃこ at 2017-06-22 13:35 x
さつきさん、大変な経験をされたけど、テキパキと行動をしてますね。
それに、やはりお姉さん達の存在は心強い事この上ないわ。

お父様、ご心配ですね。
Commented by satsuki-0514 at 2017-06-22 20:23
★たまこさん

元旦生まれだから名前は「元郎」のようです。(^_^;)

病院が近いので助かってます。
Commented by satsuki-0514 at 2017-06-22 20:28
★まちゃこさん

父の入院、手術には慣れてます。

でも今回はちょっとビビりました。

さてさて、どうなるのかなぁってとこです。